【糾弾ブロガー】ブログは誰のためのもの?
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数年前に買った僧侶 小池龍之介さんの本を読み返してみました。
本のタイトルは「煩悩リセット稽古帖」
小池さんが描いたかわいい4コマ漫画イラスト付きで
読みやすいけど「真理」がたくさんつまったエッセイです。
ふむふむと読み進めていたら
こんなおもしろい見出しが…!
「糾弾ブロガー」に釘付け
「糾弾ブロガー」!!!
- 好ましくない事態に対して、
不快になるのみならず、
ブログにまでそのイライラを
ぶちまけてしまいたくなってしまう人。- そしてその状況を楽しんでしまう人
のことを指すそうです。
現在プロブロガーという職種も
あるようですが、
批判をして炎上を招き
ページビューを稼ぎ注目を浴び…
という類の方もいらっしゃいますね。
糾弾することは、いいことではないはず。
糾弾することは楽しいのでしょうか。
また、糾弾される側は
どうなってしまうのでしょう。
よくFacebookやブログで
- 実名を出すのが怖い
- ブログがプライベートのことしか書けない
- 愚痴ばかり書いてしまう
というご相談を受けます。
- すぐに不快になってしまう人
- 世の中の事象を茶化してしまう人
- 愚痴ばかり書いてしまう人
は潜在的な「イライラ」がたまっている
みたいです。
小池さんいわく
イライラな状態は、「みじめ」な状態。
そんなイライラが攻撃性として
ブログや、今だったらFacebookやTwitterで
噴き出してしまう原因が
その方のみじめさとのこと。
もちろん、自分への攻撃性。
これが愚痴になります。
怒りの感情が多いほど、その人は
みじめになるのです。
わざわざブログなどで
何か気に食わないものを取り上げて
攻撃したり茶化したりしたからといって
自分のみじめさを語ったからといって
攻撃されたものが「良い方向」に変化するなんてことは滅多にありません。
愚痴をぶちまけたところで、何も解決しない
愚痴って自分がよくなりますか?
それよりは
「素敵だな」と思ったものを取り上げて
その素敵さを地道に語っていく……
だったり、
よいものをとりあげて評価を高め、
それが広がっていくのに貢献すれば、
結果として世の中にある気に食わないものなど
忘れてしまうし、衰えていくでしょう。
愚痴を吐いてしまう人は
今はできなくても
いつか叶えたいこと
誰かに喜んでもらえたこと
誉めてもらえたこと
を地道に書いていけば
それが自分そのものに吸収されていく
感覚を味わうと思います。
これこそ、
自らの品性や美的感覚を失わずに
表現できる間接的な批判ともなるとのことです。
思いのたけを吐き出して
スカっとしたような気分になるのは、
短期的な錯覚です。
不快な体験を言語化して
文字にして
ブログに残しておくことによって
心の中にさらに苦痛が繰り返され、
それを繰り返した分だけ
「怒り」パワーに蝕まれ
苦痛が蓄積。
自らの品性を損なうとともに
自らを疲弊させてしまいます。
なぜブログを書くのでしょう。
私はそこをまず考えてもらいたいです。