「色」について思い入れが強い個人的理由

2017年11月16日ブログ集客ノウハウ,色彩心理マーケティング

「色」について思い入れが強い個人的理由
カイエダ

カイエダです。
私は「色」についてのこだわり、ものすごく強いです。
デザインの仕事をしているから、ということもあるのですが、色の効果を身を持って感じる「感覚」があるからなのです。

この記事では、ブログ筆者であるカイエダが、色に思い入れが強い個人的な理由をお話ししています。
ノウハウではないので、ご興味のない場合は、スルーしてくださいね。

メールアドレス欄にはPC用のメールアドレス(gmail、Yahoo!メール、その他お仕事用のメールアドレスなど)をご入力ください。
Apple系メールアドレス(icloud.com、me.com、mac.com)や、携帯キャリア系メールアドレス(docomo、au(ezweb)、softbank等)のメールアドレスはメールが届かない可能性があります。

色の勉強を避けてきたWebデザイナー

私は、Webデザインの仕事をするようになって 2022 年で 21 年目です。
Webデザイナーになって、長い年月を過ごしてきました。

Webデザイナーというと、色の勉強からデザインの勉強から、そしてパソコンやスマホ、タブレット、そしてソフト、アプリに至るまで、ものすごく勉強しないとなれないのでは?とよく思っていただきます。

私の場合、デザインはすべて現場で、パソコンやソフトの使い方も現場で使いながら、覚えてきました。

お金を払って専門学校やそのほかスクールで学ぶのではなく、お給料をいただきながら、デザイン会社に殴り込み?のように入社して、必死に学び、ついていきました。

私がデザインの業界に入ったのは30代手前です。
大学や専門学校でデザインの勉強を積んできたわけでもないですし、スロースタートだという自覚があり、それなりに焦りもありました。
かつ、ジャーナリストの夫を支えるため私が大黒柱でしたので、それこそ命を削る思いで働きました(実際削ったんだと思います)。

当時はブラック企業なんて言葉もない時代です。
パワハラ当たり前の時代でしたが、現場で怒られながらでも身についた技術を、無駄にすることなく、どんどん磨いていきました。

ですが色だけは、、、勉強することが怖くて勉強する機会はたくさんあったのに避けてきた分野なのですよ。

カイエダ

色の勉強することが怖い?
パワハラも乗り越えたのに、なぜ?

頭の中の「色」の世界を壊したくなかった

色の勉強はしてこなかったものの、私は自分の色彩感覚だけは信じていました。
つまり、拠り所でした。

色見本のようなものを見なくても実際、デザインできていましたし、何よりもそれをお客様が喜んでくださっていたので、尚のこと色の勉強からは遠ざかりました。

なぜ私が自分の色彩感覚に自信があったのか。

カイエダ

私の頭の中の色の世界が、人には理解されないでしょうし、説明できないのですが、本当に美しかったからです。

知識を入れてしまうことで、均衡が取れた自分の頭の中の色の世界が壊れてしまうのではないかという意味のわからない恐怖を感じていたのです。

今となれば、この恐怖は自分を未知から守るために、必要だったんだなとわかります。

恐怖と自分の色彩感覚の理由を知る

実は子供のころから、私は文字ひとつひとつ(ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、数字)に固有の色がついて見えていました。

書いてあったり目に見えている色が黒などでもあっても、頭の中に文字が戻ってくると、色がついているのです。

そのような感覚があり、実は頭の中では、色の織り成す華やかでふんわりした世界がとても心地よく均衡を保っていたのでした。

30代前半のころ読んだ、自閉症の方が書いた自伝の中で(なんてタイトルか忘れてしまった……)、私の頭の中の感覚と似た描写があり(色が頭の中でダンスしていて、そこにいるのが心地よいというような描写)、とても驚きました。

自閉症の方は、外の世界の刺激に恐怖を覚えます。

私も色に関しては、似たような感覚をずっと抱いていたんだな、とわかりました。

「共感覚(きょうかんかく)」という新情報

30代半ばの頃。
ちょうどWebデザイナーとして独立して少しした頃です。

出向先の会社で、同僚の女性に私の「文字に色が見える」という感覚を「共感覚のひとつ」と教えてもらいました。

共感覚(きょうかんかく、シナスタジア、英: synesthesia, 羅: synæsthesia)は、ある1つの刺激に対して、通常の感覚だけでなく 異なる種類の感覚も自動的に生じる知覚現象をいう。

例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、味や匂いに、色や形を感じたりする。

Wikipedia

私の場合は、一文字一文字(文字だけでなく数字も)に、ついているはずのない固有の色がついて見えていました。

ある方は音に色がついていたり、音に味がついていたり、さまざまな感覚がともなっている場合もあるようです。

そしてこの感覚は、ある一部の人だけが持つ特殊な感覚ではなく、子供だったら多くが持っている感覚なのだそうです。

私はたまたま、大人になってもずっとこの感覚が残っていただけで、しかもこの色の快適な均衡は知識では壊れない、と感覚的にわかりました。

共感覚という感覚を知ったことでやっと色を勉強をすることに興味が持てました。

自分の大好きな世界は壊れないと確信を持てたことで、自分の頭の中にある美しい「色」の理由を、もっと知りたくなったのです。

カイエダ

ちなみに、文字1文字1文字が固有の色がついているので、人の名前や地名には色がついて見えます。
そしてそれが自然と、その人や土地の印象になります。
人名の記憶力がちょっと異常なのですが、おそらく色と一緒にインプットされているからだと勝手に思ってます。

30代半ばで入った色の世界は、カラーセラピー

色の勉強を開始するにしても、いまさら色彩検定の勉強をして資格取得を目指してもなぁ……、と感じていた頃に出会ったのが、カラーセラピーでした。

パーソナルカラーを見てくださった先生が、カラーセラピーも教えていらっしゃったので、受講を決めました。
色の勉強ができるのと同時に、自分も人も癒せるなんて「お得!」と思ったのです。

カラーセラピーはかなり勉強を重ね、講師資格まで取得しました
勉強はとても楽しかったです。
セラピストや講師としても活動していた時期もありましたが、自分の仕事はやはりWebデザインだと感じ、綺麗さっぱり足を洗いました。
今後は講師をする予定はないので、資格は更新していません。
資格は失効となっています。

色が人に与える影響を科学的に研究した色彩心理学を体系的に学べたことが、その後のWebデザインの仕事にとても生きるようになりました。

お客様の心の動きを推し量って策を練る。
そのために「色彩心理」を使う。

お客様の心の動きを考えて、Webサイトやブログの色彩を決めることができると、お客様の直感に響くデザインとなります。

実際、これまでのクライアントのブログやWebサイトで、クライアントが想定するお客様が何を求めているのかを深く考えてデザインしたブログやWebサイトでは、集客が安定し売り上げも確実にあがりました。

  1. 一般社団法人(協会)のWebサイトデザインリニューアル後、資料請求量が5倍増加。
  2. スクールのサイトイメージを顧客の欲しいイメージの色を探求し変更。
    視覚以外の嗅覚にも訴えそうな香るイメージの色を採用し、Webサイトデザインリニューアル後、問い合わせが増え、売り上げが3倍に。

以上はほんの一例です。

そのときに、私に注文してくれたクライアントの好みではなく(こことても重要です)、来ていただきたいお客様の心の動きを考えて、私は色彩計画を練りデザインしました。

色彩心理を学んだことで、デザインがより論理的になったのです。

色は簡単に試せる強力な武器

もちろん、動線設計(サイトに訪れた方がどこに何があるのか、わかりやすい設計)が大切なことは当然ですが、色の持つ心理的効果を上手に取り入れたことも成功の鍵でした。

色の意味を知り、適材適所で使うだけでお客様がスムーズに動いてくださるのだとしたら、利用しない他ありません。

まとめとして

色自体に優劣はありません。
どの色も美しいです。

とはいえ、です。

あなたのWebサイトやブログ、自分の好きな色だから……、と選んではいないですか?
その色、あなたが出会いたいお客様が「動きそうな」色ですか?

ぜひ、俯瞰してみてくださいね。

 


おもてなしブログ®︎最新情報はメルマガから▼

メールアドレス欄にはPC用のメールアドレス(gmail、Yahoo!メール、その他お仕事用のメールアドレスなど)をご入力ください。
Apple系メールアドレス(icloud.com、me.com、mac.com)や、携帯キャリア系メールアドレス(docomo、au(ezweb)、softbank等)のメールアドレスはメールが届かない可能性があります。

 

カイエダ

ちなみに、色彩心理を学んだことで、私の頭の中に子供の頃からあったふわふわした美しい色彩の世界は、壊れることはありませんでした。

勉強してわかったことは、頭のなかにある色に意味なんてなかった、ということ。
それが逆に安心しました。
というのも、世間一般に考えられている意味で構成されていない私の頭の中の世界は、ほんとうに「自由」だからです。

何事も、真理や意味を知ることは、いろいろ便利です。
仕事にはとても役立ちます。
ですが、その学習によって、自分の自由な発想を奪うことになってしまっては本末転倒。


「自分の自由さ」は、何にも縛られていなくて、カテゴライズされていなくて、いいんですよ!
私はそれを、自分で体験できたことが、収穫でした。