したたかリフレーミング(3)「気にしすぎ」と言われたら、「ちゃんと傷ついている」自分を大事にしてみて
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カイエダです。
「気にしすぎ」と言われた経験はありませんか?
そんなときは、感じたことを否定せず、感受性を「弱さ」ではなく「力」として受け止めればいいんですよ。
この記事の目次 [表示]
「気にしすぎ」と言われた瞬間、さらに悲しくなる
何か言われたときにショックを受けたり、ちょっとした言葉にひっかかったり。 そんな自分に対して、「気にしすぎだよ」と返された経験、ありませんか?
私は何度もあります。
たしかに私の感受性は強い方かもしれません。
ですが「気にしすぎ」と言われた瞬間、まるで「その気持ちは無意味」と 言われたような気持ちになって、より一層悲しくなるのです。
感じたことは、すべて「事実」です
たとえ相手が悪気なく言った言葉でも、 自分の中でひっかかったなら、それはちゃんと“傷”として残ります。
ですから私は、

相手の意見もその通りかもしれないけど、気にしすぎる、感じすぎる自分も、間違っていない…
と思うことにしています。
それが過剰かどうかは問題ではなく、 「ちゃんと傷つく力」がある自分を、大事にしたいのです。
大好きな安全地帯の曲でも「痛いこの気持ちは自分のもの」と歌う『ショコラ』という素敵な曲があります。
もちろん、この曲は恋愛の歌ではあるのですが、この気持ちを大事にしたいというのは、同じだなぁと思います。
※公式で出ているMVですのでYoutubeのリンクを貼っています。
傷つく力を大事にしたい理由1:「気にしすぎ」は、感受性の証拠。
私はWebデザイナーとして、人の気持ちに寄り添う仕事を長く続けてきました。
「ここ、ちょっと引っかかるかも」
「こちらの配色の方が、しっくりくる。親近感が出る」
そうした“なんとなくの感覚”を大事にするからこそ、 人の心にフィットするデザインを作って積み重ねてこれたのだと感じています。
感受性があるからこそ、誰かの言葉にも敏感になります。
反面、街の中にある、あらゆるキャッチコピーも心に入ってきます。
これは職業人として、私の“資質”でもあるんだな、と今は思えるようになりました。
傷つく力を大事にしたい理由2:「僕たちは感じることができるじゃないか」
これは私の体験談というかエピソードです。
大学2年生の夏休み。
部活を辞めて暇を持て余した私を、クラスメイトの女の子が、地域で募集していた老人ホームのボランティア活動に誘ってくれました。
泊まりがけで参加したボランティア。
初めての体験ばかりで新鮮!
高校生や社会人の参加者もいて、友達も増え、本当に楽しい活動でした。
そんな中、大体夜って無駄?に語り合いになったりしますよね笑
若い子って。
私も大学生の参加者と集まって、(当時)自分のコンプレックスであった持病についての不安を口にしたんです。
そんな時、同じ参加者の仲間の中に、他大学でカメラマンを目指している男の子がいました。
彼も体が強くなくて自律神経失調症で、顔が痙攣してしまうと言う悩みを抱えていたんです。
彼が言った言葉。
今もずーっと覚えています。
ミエさんも僕も、病気がある。
できないこともいっぱいあるかもしれないし、実際できないことばかり。
でも、僕たちは感動することができるじゃないか。
感じることができるじゃないか。

うぅ…。
今思い出しても涙が出てきます…。
私は本当に、節々でいい言葉をくれる人とたくさん出会ってきたんです。
感謝しかないです。
彼は現在、本当にカメラマンとなって、世界を飛び回っています。
傷つくことができるって、重要なんだと私は思います。
「感じること」のひとつだからです。
この感覚があるから知ったこともたくさんあるし、「自分は絶対に人にこんなことはしないぞ、言わないぞ」と言う学びもありました。
悪いことばかりじゃ、ないんですよ。
傷つく力を大事にしたい理由3:「傷つく自分」を責めるより、「寄り添える自分」を誇る
大人になると、「いちいち気にしない」ことが美徳のように扱われます。
でも私は、「ちゃんと感じて、ちゃんと考えて、ちゃんと痛がる」自分でいたい。
それが私の「人間力」だし、 人の痛みを理解できる強さでもあるからです。
だから、私はこれからも、たまに傷つくかもしれません。
でもそれを、「恥ずかしいこと」だとは、今はまったく思いません。
まとめとして
「気にしすぎ」は、あなたのやさしさが過敏だからです
人の気持ちが読める。
空気が伝わる。
そのせいで、たまに傷つくことがある。
でもそれって、あなたが「人とちゃんと関わろうとしている証拠」でもあるんです。
そんな自分を抱きしめてあげてくださいね。

今日からできる、ワン・アクション。
「気にしすぎ」と言われたとき、自分の心の中でこうつぶやいてください。
私はちゃんと感じることができている。それは素敵なことだ。