量産型として消費されないための考察:「魚の釣り方を教えるほうが儲かる」構造に気がついていますか?

ビジネスの基本

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量産型として消費されないための考察:「魚の釣り方を教えるほうが儲かる」構造に気がついていますか?
カイエダ

カイエダです。
Webデザイナー、ネイリスト、AIマーケター……。
スクールが増え続けているのに、「稼げない」という声が減らないのはなぜだと思いますか?

繰り返される、おなじみのパターン

少し前、知人から「Webデザインスクールに通って独立したけど、全然仕事が来ない」という話を聞きました。

よく似た話をネイリストさんの業界でも聞いたことがあります。
技術は本物なのに、独立しても稼ぎには繋がらない。
腕はいいのに、店を開いても半年で閉める人が後を絶たない、と。

最近では、AIマーケターのスクールも急増しています。

Webデザイン、ネイル、AIマーケティング。
ジャンルは違っても、起きていることはほぼ同じ構造です。
同じような技術、初歩的な技術、コミュニティの仲間内だけで盛り上がっている構造。
どこの業界でも「量産」され「消費」されていく人材がいます。

一番儲かっているのは、誰か

「魚の釣り方を教えるほうが、魚を釣るより儲かる」という話があります。

スクールというビジネスモデルは、まさにこの構造です。
受講者が卒業後に稼げるかどうかに関わらず、スクール側には入学金と受講料が入る。
稼げなかった受講者が「まだ学びが足りなかった」と別の講座に進んでくれれば、さらに収益になる。

悪意があると言いたいわけではありません。
これは、善悪の話ではなく、構造の話です。

「気づいている人」と「気づいていない人」の差

同じスクールで学んでも、その後がまったく違う人がいます。
ちゃんと成功していくルートもあるんです。

そういうルートの人は、ちゃんとビジネスを育てていく。
ですがそのルートに乗れなかったもう一方は、技術を身につけても売れないまま、また別のスクールへと流れていく。
この差は、才能でも努力量でもないんです。

スクールの構造に、最初から気づいていたかどうか。
それだけです。

「スクールで学ぶのは手段のひとつ。自分のビジネスをどう育てるかは、自分で考える」という前提で学んだ人は、技術を自分の文脈に落とし込んでいけます。

ですが「技術さえあれば仕事が来る」と信じて学んだ人は、技術を身につけた後に初めて「あれ?」となる。
それでまた「もっといいスクール」を探す。
悪循環です。

責任、という話

稼げなかった理由を、スクールのせいにする人がいます。
「教え方が悪かった」
「あの先生の情報は古かった」
「あのコミュニティが合わなかった」……。

気持ちはわかります。
ですが、自分の仕事と人生の責任は、最終的には自分にありますよね。

それは厳しい言い方に聞こえるかもしれないけれど、逆に言えば、自分で責任を持つスタンスでいる人だけが、自分で方向を変えていける、ということでもあります。

スクールに通うこと自体が悪いとは思いません。
ただ、「誰かに教わったら稼げるようになる」という前提で動いていると、うまくいかなかったとき、いつまでも誰かのせいにし続けることになってしまうんです。

まとめとして

私がこれを書いているのは、特定のスクールや業界を批判したいからではありません。
まったく同じ構造が、業界は違えど何度も繰り返されているのを見るたびに「まただ」と感じています。

学ぶことは、いい。
ですが、誰が何のために教えているのかを、少しだけ立ち止まって考えてみるといいのではないかと常々感じています。
また、その技術は何のために学ぶのですか?
自分が儲かりたいから?
それともお客様の事業に役立てたいから?
お客様を幸せにしたいから?

カイエダ

気づいているだけで、入り口からまったく違う学び方ができるはずです。

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